逃亡
 
第4章−3
 
「待たせたな。今夜出航だ。」
 管理事務所から倉庫に戻ってそう言った東條は、少し憔悴した様子を見せていた。
 もともと、今回の逃亡計画を立てたのは彼である。緋村を逮捕されてから、手当たり次第に無差別テロを繰り返し、次
は大物政治家を狙おうということになった時、PFFTが標的にしたのは法務大臣の森橋甚三郎だった。ところが、事務
所に爆弾を仕掛けようとしたメンバーがへまをやり、警備員に捕まってしまったのだ。仲間を取り戻そうとして森橋に接
触をはかった東條に対し、森橋は政敵の元村誠八の暗殺をもちかけてきた。対価は緋村の釈放と国外逃亡の手助け
である。計画は順調に運んできたのだが、ここにきて森橋運輸の協力姿勢が怪しくなり、この数日、高額の輸送費を要
求するなどして、なかなか船を出航させようとしなかったのだ。
(しかし、これでタヌキ親爺との駆け引きも終わりだ。)
 東條がホッとした表情でタバコに火を点けた。
「女を積み込むね。」
 王が言うと、例の巨漢とのっぽの二人が立ち上がった。彼ら二人が、瑞紀の監視などを受け持っているらしい。
「外に出る前に、制服を脱いでもらうあるね。」
「い、いや…」
 瑞紀が大きく目を見開き、激しくイヤイヤをしながら後ずさった。
 ボタンが千切れた、サイズの合わない制服であろうと、服を着ていると、たとえわずかでも安心感を取り戻すことがで
きた。裸になることは、恥ずかしい以上に、そうした安心感を奪われることになり、辛かった。
「お前、もう私が買った奴隷ある。オークションで次の買い主が決まるまで、服いらないね。」
「そ…、そんな…」
 屈辱で目に涙が滲んでくる。ここまで虐められて、瑞紀の気丈さも相当もろくなってきているようだ。
「時間がないんだ。脱がすんなら、さっさと脱がしてしまえ。」
 少しイライラした口調で東條が言うと、巨漢とのっぽが嬉々とした様子で瑞紀に迫ってきた。
「きゃぁっ!やめてっ!」
 瑞紀が悲鳴をあげた。
 のっぽは、ボタンが外れた制服の胸元を左右の手でつかみ、思いきり開いて肩から抜く。華奢な肩先が露わになり、
乳房がプルンと飛び出した。
 背後に回った巨漢は、スカートのフックを外し、腰の部分を掴んで一気にスカートをずり下ろす。形の良い尻が剥き出
しになり、下腹部を覆う絨毛が現れた。
 瑞紀は、再び生まれたままの姿にされてしまった。
 王は後ろ手に手錠をかけ、手錠に括りつけたロープを瑞紀の股の間に通した。
 東條が戸を開けると、思いもかけない明るい日差しが倉庫の中に差し込んできた。
「よし、行くよ。」
 股間を通したロープを、前に立った王がグイと引っ張り上げた。
「あうっ!」
 亀裂にロープが食い込み、瑞紀の小さな肉芽を擦る。瑞紀はその場にへたり込みそうになった。
「さっさと歩きな。」
 巨漢が瑞紀の腰を支え、滑らかな背中をどんと手で押した。
 外に出るとまぶしさに目がくらむ。ここに来てから時間の感覚がなかったが、太陽が真上にあるところを見ると、昼間
なのだろう。
 王はロープをグイグイ引いて歩き出した。秋晴れの青い空の下、一糸まとわぬ姿で港を歩く。潮風が瑞紀の肌を撫で
ていった。せめて乳房と股間を隠したかったが、後ろ手に手錠をされているため、それもできない。
 しかも港は無人ではなかった。それどころか、港の警備員、船に荷物を積み込む作業をしている男達が大勢いて、み
んなニヤニヤしながら彼女の裸体を眺めている。瑞紀の身体は恥ずかしさで震え、顔は真っ赤になった。
「ううっ…」
 瑞紀の唇から呻き声が洩れる。歩みが遅くなると、先を歩く王との距離が開き、ロープがピンと張って媚肉の合わせ
目を擦りたてるのだ。いつの間にか、その部分がじっとり濡れてきている。
「おっ!素っ裸だ!」
「おねえちゃん、いい身体してるね。」
「一発やらせてくれよ。」
 仕事の手が空いているらしい数人の男達が、瑞紀の回りを取り囲むように歩き、卑猥な言葉を投げかけてくる。瑞紀
は無言のまま瞳を閉ざし、綺麗な歯で唇を噛んだ。
 瑞紀を連行している王たちは、意地悪くわざとゆっくり歩いたり、立ち止まったりする。そのせいで瑞紀は、舐めるよう
に裸体を凝視する男達の視線に長い間耐えなければならなかった。
 そうして、やっと着いた桟橋には、外国行きの貨物船が停泊していた。
「よし、船に乗るね。」
 船に掛けられた急な階段を上る度に、剥き出しの乳房が揺れた。
「見ろよ。プルンプルン揺れて、柔らかそうなオッパイだぜ。」
「ホント、揉んでみたいぜ。」
 船の上から眺めている船員達が、瑞紀に聞こえるような大声で言う。かと思うと、今度は階段下の桟橋の方から声が
した。
「やった、見えたっ!」
「オ××コだ!」
「おい見ろよ、濡れてるぜ。」
 階段の下に男達が集まって、上を見上げている。階段を登るために片足をあげる度に、臀部と太股の間から恥毛の
茂みやピンクの割れ目がチラチラと見えているのだ。歩きながらロープで擦られた陰裂から蜜がにじみ出て、内腿を濡
らしているのさえ、見られてしまっているに違いなかった。
(見られている!)
 冷や汗が出、顔から火が出るようだった。しかし、どうすることもできない。瑞紀は恥ずかしそうに俯いたまま階段を登
り、船に乗り込んだ。
「こっち来るよ。」
 甲板から狭い階段を下りていくと、そこは薄暗い船倉だった。壁際に大型の動物を入れるような鉄の檻が置いてあ
る。
 巨漢は瑞紀の滑らかな肩を押して、その檻の方へ引き立てて行く。
 血の気の失せた硬い表情でここまで引き立てられて来た瑞紀だったが、その檻に自分が入れられるのだと悟った途
端、足を止め、王を振り返った。
「私を、ここに入れるつもりなの?」
 本当に、もはや自分は人間として扱われないようだ。瑞紀の唇は屈辱と恐怖のため、わなわなと慄えている。
「さ、檻に入るんだ。」
「い、いやぁ…」
 とうとう堪えきれなくなり、つっぷして号泣する瑞紀をのっぽと巨漢が引き立て、檻の前に連れていく。
 巨漢は瑞紀の形のいい美しい双臀を撫でさすりながら手錠を外し、腰のあたりを足で押すようにして彼女を檻の中へ
押し込んでしまった。ガチャリと南京錠をしめる音が響く。
 檻の中の瑞紀は小さく身をかがめるように座り込み、両手で乳房を抱きながら深く首を落としてすすり泣いた。

「これは、直々にどうも。」
 警備責任者の蒲生は、黒いクラウンから降りてきた男に最敬礼した。
 車から降りてきた初老の男は、痩せた身体に地味なグレイのダークスーツを着、サングラスとマスクで顔が見えない
ようにしている。
「仕方ないさ。『お前が、自分の目でケリが着いたことを確認して来い』との先生のご命令だからな。」
 男は腰のホルダーから拳銃を取りだし、言葉を継いだ。
「ところで、誰も逃がしていないだろうな。」
「はい、おっしゃる通りに見張っていましたので、女を乗せた緋村のバイクが入って来たのを最後に、このエリアに入っ
てきた者も、出た者もおりません。」
「それじゃあ、緋村も中にいるんだな。」
「はい。ここに来てからずっと、管理事務所で寝泊まりさせています。」
「では、始末をつけるか。」
 男は拳銃を手にして歩き出した。蒲生達、数人の警備員がクラウンの中から銃を取り出し、男の後を追いかけた。

   *

 衆議院議員会館から出てきた森橋甚三郎をわっと記者が取り囲んだ。
「いよいよ、首相の椅子が近づいてきましたね。」
「勝算は?」
「政治団体特別規制法に、野党が噛みついていますけれど…」
 マスコミ嫌いで有名な森橋は、「ノーコメント」とだけ言って、車に乗り込んだ。
 テレビ中継の一隊の横に野上が立っていた。彼は、森橋を乗せた車が行ってしまうと、機材を片づけている一人のカ
メラマンのところへ近寄った。
「やあ、三原さんだね。ちょっと、小一時間ほどいいかな?」
 それは、文京区の駐車場からサービスエリアまで、緋村の車に同乗させられたATVのカメラマンだった。
 野上は三原と一緒に近くの喫茶店に入り、再度話を聞いてみた。しかし、特に目新しい情報は得られず、がっかりし
た様子でため息をついた。彼が頭の中で組み立てているジグソーパズルには、もう少しピースが必要なのだ。
「わるいけど、タバコ、持ってないかな?きらしちまったんだ。」
「いいっすよ。」
 三原は汚れたジャンパーのポケットをゴソゴソと探る。
「おかしいな、ここに入れといたんだけどな…」
 なんでもかんでもポケットに突っ込んでおくタイプらしい、とうとう三原は、ボールペンやティッシュ、紙切れなどポケット
に突っ込んでいる物をテーブルの上に並べ始めた。
「おや、携帯電話、2台持ってるのかい?」
 テーブルの上に2台の携帯電話が並んでいた。
「えっ、俺は一つしか持ってないっすけどね。これ、誰のかな?」
 三原は少し考え込んだあとで、ポンと手を打った。
「そうだ。刑事さん、これ、あの事件の時の携帯電話ですよ。」
 三原が興奮した口調で言う。
「緋村の車に乗せられた時か?」
「そうですよ。婦警さんが持ってて、犯人に取られたやつだ。」
「本当か!」
 野上の口調も興奮してくる。
「そうか、このジャンパーは中継の時しか着ないから、警察に呼ばれた時は着てなかったんだ。でも、どうして俺のポケ
ットに入ってたんだろう。」
「最後に電話を持ってたのは誰だ?」
「俺が覚えている限りじゃあ、あの最高に美人の婦警さんですよ。」
 それを聞いた野上は、一呼吸置いて答えた。
「ああ、本当に最高だよ。あの娘は。」
 そして、口に出さずに言葉を続けた。
(あれほどの苦境で、きちんと手がかりを残したんだから…)


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