第2章 危険なバランス

「それじゃあ、次は汐理ちゃんですね。」
 キャスターの島津俊一が言うと、アナウンサーの栃尾貴美がそれを受けた。
「はい、今夜は博多放送局からの中継です。」
 汐理は、島津がキャスターを務める「ニュース・タイム」のレギュラーとなり、日本各地の名所や伝統行事をレポートす
るコーナーを受け持っている。
 以前パーソナリティーをやった若者向けの情報番組「とっておきセレクション」では、知性が滲み出るキャラクターが、
番組のターゲットだった若者に敬遠されてしまい、失敗に終わった。しかし、一日の仕事を終え、家に帰って夜のニュー
ス番組を見るサラリーマンには、可愛いうえに、清純でしっかり者という彼女のキャラクターがおおいに受け、日に日に
オジサンたちの人気を集めつつあったのだ。
 そして、オジサンたちが、彼女のコーナーを楽しみにしているのには、もう一つ理由があった。
「こんばんは…」
 画面が切り替わって、お祭りの山車の前に立つ、法被姿の汐理が映った。なぜか、恥ずかしそうな、ちょっと困ったよ
うな表情だ。それが、なんとも可愛らしく、男心をそそる。
 少しカメラが近づくと、法被の胸の谷間が見え、汐理の表情の理由がわかった。素肌の上に法被を着ているのだ。胸
を隠すサラシなどは巻いておらず、もちろんノーブラだ。しかも、それだけではなかった。
 急に画面が変わる。白く形のよいヒップが剥き出しになっているのがアップで映し出された。なんと、汐理は褌姿なの
だ。
「あっ、ちょっ、ちょっと…、だ…、ダメですっ!」
 うろたえた汐理の声がして、必死で手でお尻を隠そうとする様子が放送された。白い布が帯状に前を覆い隠している
が、後ろは紐のようになって尻に食い込んでいる。
 人気のもう一つの理由は、時折、こういうあきらかに「狙った」企画があることだ。それを、清純そのものの汐理にさ
せ、戸惑ったり、恥ずかしがったりする様子を見せるところが、なまじのアダルト番組よりエロチックだと評判なのであ
る。
「今日は、山笠の中継です。」
 再び画面が正面に切り替わる。白い頬を染めながらも、できるだけ平静を装う努力をして、汐理がレポートを始めた。
「これは、勇ましい格好だねぇ。褌ですか、それは…」
 汐理の努力を無にして再び褌に話題を振る島津の表情は、思いっきりニヤケており、社会の矛盾を衝くシビアなキャ
スターのイメージは、すっかり崩れ去ってしまっている。カメラがずっと汐理を映しているのは、視聴者のオジサンたちだ
けでなく、島津自身にとっても幸いだった。
「こ…、この、ふ…、褌は、正式には『しめこみ』」と言います。」
 「褌」と言う時に恥ずかしそうに口ごもる汐理に、栃尾アナが質問する。
「恥ずかしくない?汐理ちゃん。」
 同性の自分からそう尋ねられるのは、汐理にとって辛いだろうと思うのだが、台本に書かれているのだからしかたな
い。
「ちょ…、ちょっと恥ずかしいです…。でも、これは伝統行事ですから…。」
 本当はその場に座り込みたいぐらいに恥ずかしいのをこらえて、汐理はそう言った。
「それじゃあ、お祭りの様子をご覧ください。どうぞ。」
 汐理の合図で画面が切り替わって、にぎやかな祭りの様子が映し出された。
 祭りに参加している男たちに混じって、法被にしめこみ姿の汐理が山車を曳いている。汐理のバストが作る谷間はカ
メラが見下ろす位置からは丸見えだ。力をいれて引っ張る度に法被の胸が開き、柔らかそうな膨らみがこぼれ出そう
になる。胸には汗が光り、もうちょっとで、乳首まで見えてしまいそうだ。下半身は、白いすべすべした柔肌にしめこみを
これ以上ないぐらいにきつく食い込ませ、プリンとしたお尻を剥き出しにしていた。
「山笠と言えば博多が有名ですが、博多市の周辺でも山笠が行われる所は数多くあります。ここでも、山笠はもっとも
賑やかで、重要な年中行事です。」
 街頭に立ち、カメラに向かって説明する汐理の周りには黒山の人だかりがしている。テレビカメラが来ていることに気
づいて、ピースサインを出して映ろうとする子供や若者も多いが、汐理のしめこみ姿が目当てで集まっているオジサン
も少なくない。後ろからの視線を意識すると、汐理はいまさらのように外気が直接下半身に触れるのを感じ、なんとも心
許ない気持ちになった。
「プリプリのお尻がたまんないなぁ…」
「ケツ丸出しにして、恥ずかしくないのかな…」
 人込みの中からそんな声が耳に入ってくる。汐理は羞恥で真っ赤になり、両手でお尻を隠した。途端に、カメラの横で
こっちを見ていたマネージャーの池尻美津子が厳しい顔で睨みつける。
「これは、あくまで日本の伝統行事、神事なのよ。恥ずかしがったら、かえっていやらしく見えちゃうわよ。」
 美津子は、今回の企画が明らかになった時に、何度もそう言って汐理を説き伏せた。今もこっちを見て、無言でそう
言っている。
 汐理は、もじもじしながら手を前にまわして、群衆にお尻を晒す。
(ああ、恥ずかしい…、もういやっ、こんなの!)

 翌日朝一番の飛行機で東京に戻った汐理は、ATV緑が丘スタジオに急いだ。今日は、朝から時代劇「楽翁漫遊伝」
の撮影があるのだ。小藩の姫君を演じる汐理は、主演の西郷公彦に気に入られ、今回の収録からレギュラー出演する
ことになっている。
 緑が丘スタジオに着いた汐理は、一番広い楽屋を目指した。そこ貼ってある名前は「西郷公彦様/水沢汐理様」とあ
る。西郷と同じ楽屋なのだ。途端に気分が重くなり、ため息が出たが、努めて明るい顔を作った。なにしろ相手は、「演
歌の帝王」とも「国民的時代劇俳優」とも呼ばれる芸能界のドンだ。
 ドアを開けると、特別にあつらえられたソファに深々と腰掛けた西郷と目が合った。
「おはようございます!」
「おう、遅かったじゃないか。」
 そう言う西郷の口調に、非難するような色が混じる。
「すみませんでした。」
 楽屋に入った汐理は、どうしていいのか分からずに突っ立っていた。指示してくれるマネージャーの美津子もいない。
「さあ、時間がないんだから、さっさと着替えるんだ。」
「…はい、わかりました…。」
 着付けを担当する女性スタッフもいる。やはり、ここで着替えなければならないらしい。あきらめの表情を浮かべた汐
理は、西郷に背を向けて、服を脱ぎ始めた。
「こらっ、先輩に尻を向ける奴があるか。こっちを向いて着替えるんだ。」
「は…、はい…」
 理不尽な叱責だが、口答えすることは許されない。汐理は西郷の方を向き、いやらしい視線がからみつくのに耐えな
がら、ブラウスを脱ぐ。真っ白な肌につけられた純白のブラジャーが現れる。続いて、シンプルなデザインのスカートを
脱ぐと、ブラとお揃いの、上品にレースをあしらった白いパンティーが現れた。
 下着姿になった彼女に、着付けのスタッフが着物を着せようとすると、西郷がスタッフを怒鳴りつけた。
「こらっ、江戸時代にそんな下着はないだろう!リアリズムを大切にするには、そういうところからきちんとしないとだめ
だ。下着を全部脱がせて、腰巻きを着けるんだ。」
「は、はあ…、でも…」
 スタッフが汐理と西郷を見比べて、戸惑っていると、西郷の表情が次第に険しくなっていく。今にも癇癪を起こしそうな
様子に、スタッフは顔面蒼白になっている。
「わ、わかりました…」
 汐理がスタッフを庇ってそう言うと、思い切ってブラを外した。かつてバストのパーツモデルをつとめたこともある汐理
の乳房は理想的な形をしており、ツンと突き出した乳首が可憐であった。
 汐理はパンティをするすると下ろし、足首から引き抜いた。一瞬、下腹部の繁みが見えたが、すぐに片手が股間を覆
った。汐理は全身をピンクに染め、腕で胸と下半身を軽く覆って身をよじる。すると、急に西郷が立ち上がり、彼女に近
付いて来た。
「両手を下ろして、乳房とアソコを見せろ。そうだ…、そのまま、まっすぐ立っていろ。」
 そういうと西郷は、汐理の両肩を掴み、上から下まで柔肌をまじまじと見た。
「少しは女っぽい身体になってきたんじゃないのか?」
 そう言って嘗め回すような視線を突きつけられながら、汐理は身動きすることもできず、ただ、うつむいているしかな
い。全身に小さな震えが生まれた。
「きれいな肌だ…」
 西郷は、汐理の肌のきめが細かさに感慨深げな呟きを漏らした。その強い視線に、汐理は体の震えを止めることが
できない。
 スッと西郷が汐理の背後に回り、両手の掌をお腹に当てるようにかざした。
「あっ…」
 汐理が戸惑うような声をあげて身震いした。西郷の右手は、指の腹だけを使って、触るか触らないかの微かなタッチ
で、上に向かってお腹を撫でていく。ゾクゾクする感覚が汐理の背中を駆け抜けた。
 西郷の指は汐理の乳房のすそ野に到達した。指はそこで止まり、掌が下から包み込むようして、汐理の乳房をやわ
やわと揉んだ。
「あっ…、や、やめてください…」
 汐理の言うことなど聞こえないかのように、男は決して強く乳房を握らず、優しく、触っているか触っていないかという
ような調子で胸を揉み続ける。
「ん…、く…」
 微妙な愛撫に、声を漏らさないように固く口をつぐむ汐理。西郷は不規則な円運動のように胸を揉みながら、白いうな
じや耳の後ろを舌で舐め回す。
「あっ…、う…、くぅ…」
 西郷の中指が乳輪の境界線をなぞる。汐理は頭を仰け反らせ、歯を食いしばって快感に耐えた。
 その間に、西郷のもう一方の手はお腹を滑り下り、下腹部を覆うヘアーの上で止まった。掌を少し広げ、髪を撫でる
ように陰毛を指に絡める。
「ほら、乳首がこんなに尖ってるぞ。」
 西郷は親指と人差し指で乳首を摘み上げ、指先で転がす。
「はっ…はぁぁっ!」
 西郷の左手は、さらに下に移動した。掌が汐理の花園をすっぽりと覆うように当てられた。割れ目を押し広げ、ゆっく
りと中指を差し込んでくる。汐理の花弁からは、官能の雫がとめどなく湧き出していた。
「あッ、ダメですっ!」
 汐理が懸命に両腿をよじりあわせる。
「気持ちいいのか?濡れてるぞ。ふふふ、ここはどうかな…」
 西郷が、刺激に反応して隆起した花芯を摘まんだ。
「うっ…、ううっ…」
 うめき声とともに、電撃に打たれたように汐理の体がビクッと震える。
「あ…、ああ…、や…、やめて…」
 西郷は乳房の頂に愛撫を加え、小刻みな指の動きでクリトリスを刺激する。経験豊富な男のテクニックは少女の感じ
るところを意地悪く責め立ててくる。汐理の喘ぎ声が次第に大きく、間隔も短くなっていった。
 その時、いきなりドアが開き、池尻美津子が入って来た。
「先生、そろそろリハーサルの時間です。」
「何だ?まだ少し時間があるだろう。」
 西郷が不満の色を顔中に浮かべて、美津子を睨んだ。
「でも、ディレクターが打ち合わせしておきたいとおっしゃっていますので。」
「まったく、しかたないなぁ、あいつは…」
 西郷はぶつぶつ言いながら、立ち上がった。
「汐理、あなたも急いで着物を着て、スタジオにいらっしゃい。」
 美津子は何事もなかったかのようにそう言うと、西郷の後を追って行った。

「男性器の方は…、興奮して、…ぼ、勃起した状態ですね。き…、亀頭がとても大きくて、先っぽにはちゃんと、しゃ…、
射精したり、お…、しっこしたりするための、穴も開いています。」
 モニターの中の汐理は、耳まで真っ赤になって、言葉に詰まりながら説明している。「ニュース・タイム」の中継を、美
津子は副調整室で、プロデューサーの山本と並んで見ていた。
 今回は、性器の形をした自然石をご神体とする歓喜神社の中継である。男女一対のご神体は、驚くほどリアルな形を
している。
「今回の中継も、大反響間違いなしだよ。」
 山本が満足げに言った。彼は、「とっておきセレクション」の頃から汐理を応援してきたのだ。
「このままいけば、レポーターとして大成功するよ。なにしろ、あの島津さんが、ゾッコンだからね。今日の中継の台本を
書いたのも、実は島津さんなんだ。」
「なるほど…」
 美津子はそう言ってうなづいた。
「女性器は、ちょっと開いた形で…、小陰唇がはみ出して、わ…、割れ目の下の部分には膣口があります。よく見ると、
ク…、リトリスらしいものもあるんですよ…」
 露骨な描写が満載の台本を読む汐理の表情は、今にも泣き出しそうになっており、見る物の嗜虐心を刺激する。スタ
ジオの島津の顔に、満足げな、満面の笑みが浮かんでいた。
「そうだ。島津さんから、お美津さんに言付けがあったんだ。」
「なに?」
「『約束の件、お忘れなきように…』だって。何の約束だい?」
 それを聞いた美津子は、山本に返事をするのも忘れて、物思いにふける。
(西郷か…、島津か…)
 2人の大物に気に入られるようになってから、汐理の仕事は順調だ。しかし、それは深い悩みと裏腹の成功であっ
た。西郷も、島津も、汐理の肉体を求めている。しかも、彼女が処女であることを知っていて、最初の男になることを望
んでいるのだ。もちろん、両者の願いにともに答えることはできないし、気位の高い2人の性格から言って、どちらかを
選べば、その時点でどちらかを敵に回すことは明らかだ。その意味で、今の状態は、きわめて危ういバランスの上に成
り立っているのだ。

「おい、お美津さん!」
 休憩のために副調整室を出たところ呼び止められて、美津子は振り向いた。
「これは、先生。いつもお世話になっております」
 美津子はニッコリとほほ笑みながら、深く頭を下げた。そこにいたのは、数多くの付き人やスタッフを後ろに従えた西
郷だった。
「いつになったら、汐理を抱かせてくれるんだ!」
 西郷は、見るからに不機嫌な様子で美津子を睨みつけた。汐理が島津の番組に出ている時は、いつもこの調子であ
る。
「もちろん、近いうちに必ず。先生、女の子にとって、初体験はとても大事なものですの。私、汐理にとって一番良いタイ
ミングを見ておりますのよ。」
「よし、今の言葉、しっかり覚えておくからな。」
「はい、汐理も先生のことは、心から頼りにしております。きっと、先生に女にしていただけるのを、楽しみにしておりま
すわ。」
「ふふふ…、そうか、そうか…」
 西郷は機嫌を直した様子で表情を緩めると、取り巻きを従えて、傲然と廊下を歩いて行った。
(そろそろ、決断した方がよさそうね…)
 美津子は心の中でそう呟いた。
 


 
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