第11章 セクシー・ゲリラ・ライブ!
 
 夕焼けを過ぎた空が、ラベンダー色になっている。土曜日ということもあって、通りには人があふれかえっている。こ
の街の夜は、時刻を追うごとににぎやかになってくるようだ。ネオンライトも存在感を増してきた。いよいよ「眠らない街」
の本領発揮というところだろう。
 両側に数々の店が建ち並ぶ通りは、この時間になると車の通行が遮断されて、歩行者天国になっていた。早足で歩く
ことすら困難な人ごみにもかかわらず、あちこちにパフォーマンスを見せる大道芸人や、ロック、ジャズ、フォルクローレ
を演奏するバンドがいて、その周りに人だかりができている。
 他の車が移動させられた通りに、1台のトレーラーが、移動させられることなく止まっていた。トレーラーには「Σ・ラ
ボ」のロゴが大きく描かれていて、通行人の目を惹く。特に若者たちは、それが土本創児が所属し、経営しているレコー
ド会社であることを誰もが知っており、好奇心と憧れに満ちた視線を投げていく。
 夜8時きっかり、トレーラーから華やかなダンスビートが鳴り響いた。
「あっ!」
「おおっ!」
 周囲にいた通行人から思わず、驚きの声が洩れる。トレーラーの腹が開いて、そこに仮設ステージができあがったの
だ。
 つぎつぎに色が変化する、まばゆいばかりの照明の中に、数台のコンピューターディスプレイと要塞のように積み上
げられた機械が並んでいる。一見すると、飛行機か宇宙船のコクピットのように見えるが、正面と左右にあるキーボー
ドによって、それが楽器であることがわかる。
 コクピットの中で、長身で痩せ気味の身体をファッショナブルなジャケットに包んだ男が、鍵盤を軽やかに叩いている。
「あっ、土本創児だ!」
 あちこちで興奮した声が聞こえる。「時代の寵児」とも「音の貴公子」とも呼ばれる人気ナンバーワンのミュージシャン
が、いきなり通行人たちの前で演奏し始めたのだ。数え切れない人がトレーラーの周りに集まってきて、その場は、あ
っと言う間にコンサート会場かライブハウスのようになった。
「AH 強く抱いて 折れてしまうほど 強く…」
 土本のつむぎ出すサウンドが大きく盛り上がったところに、可憐な歌声とともに、白いミニドレスの美少女が登場し
た。
 観客たちは一様に驚きの表情で、仮設ステージを見つめた。
 驚きの第一は、少女の美しさ、可憐さに対するものだった。スターハント・オーディションで観客の人気を独り占めにし
た愛らしいルックスは、すっかり垢抜けし、より磨きがかけられている。
 同時に観客を驚かせたのは、その衣装だった。白いドレスのウエストあたりまでは、薄いレースの一枚布でできてい
る。しかも、少女はブラジャーをしておらず、乳首こそ肌色のニップレスで隠しているものの、丸みと張りを持った双乳
の形が、クッキリと透けて見えるのだ。しかも、フリルのついたスカートの裾は、太股の付け根ギリギリの丈しかなく、ス
テージ上での動きに合わせて、パンティがチラチラ見えている。エッチな衣装を清楚な少女が着ていることで、そのエロ
ティックさが一層引き立って見える。
 そして、彼女の抜群の歌唱力だった。驚きのために一瞬、息を呑んだ観客達は、次の瞬間、美少女の歌と土本のサ
ウンドが織りなす世界に熱狂し、全身でリズムをとって大きなうねりを作り出していった。
 風見清香が、オーディエンスの前に正式に姿を現した瞬間だった。
 
 歩行者天国でのゲリラライブまであと1時間。
清香は楽屋がわりに確保されたランジェリーショップ「MURAJI」の事務所にいた。ブラインドのすき間を指で開いてみ
ると、仮設ステージになるトレーラーが店の前に駐車しているのが目に入る。初夏とあって、通りはまだ明るく、ラッシュ
時の通勤電車並みの人混みが見える。
「こんなの着てステージに立つなんて、できないわ…」
 困惑しきった清香は、そう独り言を言いながらため息をついた。手にはさっきスタイリストから手渡された衣装が握ら
れていた。ステージでは2着の衣装を着ることになっているが、2着とも、恥ずかしくて、とても着れそうになかった。
 清香が衣装を手にして思案していると、ドアをノックして、マネージャーの伊吹が入ってきた。
「なんだ、まだ着替えていないのか。」
 そう言うと、伊吹は険しい顔つきで清香を見た。
「だって、この衣装、ちょっと…」
 消え入りそうな声で清香が言う。
「土本さんが決めた衣装に何か文句があるのか?このイベントが成功するかどうかで、これからの展開が大きく影響を
受けると言っただろう。さあ、つべこべ言わずに早く着替えないと、イベントが始まってしまうぞ!」
 いつの間にか、楽屋の時計は、デビューイベントの開始まであと15分を示していた。伊吹が出ていくと、清香はあきら
めた顔で、衣装を着始めた。
「ほんと、恥ずかしい衣装だわ…」
 鏡に映る姿を見て、清香が顔を赤らめてつぶやく。
 胸は薄いレースごしに乳房を映し出し、剥き出しにしているのとほとんど変わらない。ミニスカートの下に穿いているの
は、見られても構わないアンダースコートではなく、ここのランジェリーショップが提供するレースのパンティだ。この衣装
を着て、繁華街のど真ん中の野外ステージで歌い、踊る自分の姿を想像しただけで、全身から火が噴き出るほど恥ず
かしかった。しかも、今、手に持っている2着目は、これに輪をかけた羞恥衣装なのである。清香は、イベントなど放り
だして逃げ出したくなった。
 その時、トレーラーの中から土本のキーボードの音が鳴り響いた。
 途端に、歌手になることを反対した家族のことや、これまで恥ずかしく辛いレッスンを重ねてきたことを思い出し、ここ
で引き下がれないという思いがこみ上げる。
「でも…、がんばるしか、ないわ。」
 そうでなければ、これまで努力してきたことが無駄になってしまうのだ。
 
 土本のキーボードソロが終わり、一旦、仮設ステージから姿を消していた清香が戻ってきた。
「おーっ!」
 スポットライトを浴びた清香が身につけている大胆な衣装に、集ったファンは一様に驚きの表情を浮かべ、どよめく。
それは、さきほどにもましてエッチな物だった。
 基本的には白いノースリーブのレオタードなのだが、胸元どころかお臍の4、5センチ下まで大きくV字型にカットされ
ており、胸の谷間はもとより、乳房の膨らみも半分以上見えている。切れあがった股間のVラインは指二本分ほどの幅
しかなく、ようやく大陰唇を隠せる程度だ。しかも、競泳用水着のようなごく薄い生地でできているため、衣装が体に密
着して、なだらかな体の曲線を鮮明に映し出している。ステージ近くの観客は、乳輪や股間の繁みまで布地ごしにうっ
すらと映っているのを確認できた。
「すげえ!」
「丸見えじゃんか!」
 あちこちでそんな声があがる。
 そうした声こそ聞こえないものの、清香にも、見つめる観客の目が異様な輝きを放っているのがわかった。恥ずかし
さで、顔がみるみる真っ赤になり、目が潤む。しゃがみ込んでしまわないのが不思議なくらいだった。
「つ…、つぎの曲は…」
 卑猥な視線を全身に浴びて、清香の声が今にも泣き出しそうになって震えている。両手は無意識のうちに胸と下腹部
でかばっていた。
 ふと、キーボードが予定されていない音を奏でる。振り返った清香の視線の先に、嘲るような土本の顔が飛び込んで
きた。
「どうした、歌手はやめるか?」
 その表情は、清香をそう挑発しているようだった。清香は強くかぶりを振って、観客を見た。
「聴いてのお楽しみにしますっ!みんな、ノッてね!」
 まつわりつく視線を振り切ろうとするかのようにそう叫ぶと、清香の手が高く上がった。
 歌い始めたのは、ベリンダ・カーライルの「HEAVEN IS A PLACE ON EARTH」だ。清香は80’sの女性ボー
カルナンバーをメドレーで歌っていく。
 清香の声は高さから言えばソプラノだが、透き通るようなクリアボイスではない。倍音が多く、艶やかで張りのある声
は、わずかにハスキーですらあるが、それがかえって魅力的で、聴くも者に力を感じさせるボーカルを生み出す。
 洗練の極みといった土本のアレンジによる80’sのサウンドに乗せて、ある時はキュートに、ある時はセクシーに、そ
してパワフルに歌う清香に、集まった聴衆のヴォルテージも上がっていく。
「メチャクチャ、カッコいい!」
「これは、凄いな…」
 トレーラーに乗っていたスタッフが思わず洩らした。今歌われている歌がヒットしていた頃からこの業界にいるが、ここ
まで力があって、気持ちを高ぶらせるボーカルを聴くのは久しぶりだという気がした。
 しかし、ステージ近くにいる観客は歌どころではなかった。とりわけ男性客は、大胆な衣装で歌い踊る清香の身体を
食い入るように見つめ、欲情の高まりから股間が硬くなるのを押さえきれずにいた。中には堂々とオナニーを始める者
までいる。
 清香が曲に合わせてステップを踏む。それに合わせて、胸の膨らみがフルッフルッと踊り跳ねた。脚を開くと秘裂に
薄い布地が食い込んでいく。
(はっきりと分かる…、おっぱいの形が…)
(アソコの食い込みがたまらないなぁ…)
 上体を前に曲げた姿勢でグッと胸を突き出す。胸の膨らみが一層強調され、中央に存在する小さな突起の存在まで
が明らかとなっている。
(乳首のポッチまで、浮きあがってるぜ…)
 ステージ中央で激しいビートに合わせて踊る清香。客席から見上げると、ちょうど股間の部分に目がいく。なだらかな
体の曲線の中央に可愛らしいヘソがあり、そこから少し下がったところに陰毛の翳りと恥丘の膨らみがはっきりと見て
とれる。そして、その中央部では衣装の一部が食い込みを見せ、柔かそうな割れ目がくっきりと浮きあがっていた。
(プックリと膨らんで柔かそうだなぁ…)
(あんなに激しくダンスしたら…、衣装の奥できっと、パックリ割れているんだろうな…)
 くるっとターンして、客席に背を向ける。バックは紐状になっていて、剥き出しになった尻が観客の目にさらされた。
「おおおっ!」
 客席がどよめく。咄嗟に剥き出しの尻たぶを隠したくなるのを、清香はやっとの思いで耐えて、踊り続ける。
 メドレーも後半に入ると、汗のせいで、衣装は濡れて身体に貼り付くようになった。胸には小豆大の乳首がくっきりと
浮かびあがり、股間の淡い繊毛が渦を巻いているのまでがわかる。裸でいるよりももっと卑猥な感じがする姿だ。しか
も、激しい動きのたびに股下の布地がますます亀裂に食い込んでいく。
 トレーラーの周りの観客の中には、密かにパンツの中で射精してしまった男が相次いだ。
 しかし、清香は半裸の格好を晒しながら、何かふっきれたかのように歌い続けた。天性のシンガーは、ステージが進
むにつれて、衣装のことなど忘れ、音のうねりの中で歌うこと自体の快感に浸っていく。
「これが、最後の曲です!」
 土本のキーボードが清香のデビュー曲「あなたを感じたい」のイントロを奏でる。
 
 Make Love Tonight
 指先が触れる
 ためらいもとまどいも悩みさえ 弾け飛んでいく
 
 A・I・SHI・TE・RU
 他に何もいらない
 一つに溶け合う思いの中で 叫び続ける
 
 AH 強く抱いて 折れてしまうほど 強く
 私の中で あなたの鼓動を感じたい
 
 レコーディングの時のような喘ぎ声こそないものの、セクシーなその歌声はさらに数え切れない男を昇天させ、アンコ
ールの拍手は、いつまでも鳴りやまなかった。
 


 
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