第12章 欲望の密約
 
 Alfred Tyler氏所有のATビルは、都心のお洒落なブティックが並ぶ通り沿いに、ちょっと無機的な感じのする表情を
見せて建っている。
 機能的に作られたビルの5階と6階は、ATプロモーションに所属するタレントたちの控え室がいくつかあった。そのう
ちの1つ、トップスターになるまでの女性タレントが使う控え室で、汐理はロケ出発までの待ち時間を、一人ソファに腰掛
け、サリンジャーの文庫本を読みながら過ごしていた。
 今回、汐理が出演するのは「楽翁漫遊伝」という時代劇であった。放映開始から15年、何クールかおきに放映されて
いるが、常に安定した視聴率を稼げるという国民的「痛快娯楽時代劇」である。
 内容は、江戸時代、寛政の改革を進めた松平定信が、老中を引退してから、お忍びでおつきの者たちと諸国を旅し
て、弱気を助け、悪者をやっつけるという勧善懲悪、ワンパターンのドラマだ。
 そして、今回のロケ地は、汐理がレポートで大失敗をしたあの温泉なのである。
「トラウマになっちゃダメだからね。」
 気が進まない汐理に美津子はそう言う。しかし…。
 いろいろなことが頭に浮かんで、ページが進まなくなったのを感じて、汐理はサリンジャーの表紙を閉じた。
 その時、部屋のドアが開いて、セーラー服の女子高生が入ってきた。眼鏡をかけ、長い髪を後ろでくくった地味な印象
の娘で、およそ芸能プロダクションにはふさわしくない。
「こんにちは、汐理ちゃん。」
 声をかけられた汐理は、一瞬相手が誰だかわからず、目をパチパチさせる。
「ふふふ…、わからない?私よ。」
 汐理の様子を見て、笑いながら女子高生が眼鏡を外し、束ねた髪を解く。
「あっ、朱美ちゃん!」
 それは紛れもなく、グラビア・アイドルの火山朱美だった。同じスターハント21の準グランプリ受賞者で、同じATプロモ
ーションに入った汐理とは一緒になることが多く、すっかり意気投合していた。
「誰だかわからなかった?」
「うん、普段の時って、朱美ちゃん、ずいぶんイメージが違うね。」
「ちょっとね…、学校では、地味にしとこうって思ってるの。」
 朱美はそう言って、ウインクして見せた。そうした仕草の一つひとつに華があり、部屋に入ってきた時とは別人だ。
「ふーん…」
 学校で地味にしている理由をちょっと聞いてみたい気がしたが、汐理はあえて質問しなかった。一方、朱美は少した
めらうようなそぶりを見せてから、汐理にこう言った。
「ねえ、汐理ちゃん、ちょっとむこうを向いてて…」
「えっ?」
「ほら…、私、事務所にいる時はいつも裸でいるように言われてるでしょ。だから…」
「あっ、そうか!」
 汐理は慌てて後ろを向いた。撮影に備えて服のラインを肌に残さないようにという理由で、朱美は控え室や楽屋では
全裸でいるように言われているのだ。
 すぐに汐理の背中で、カサカサという衣擦れの音が聞こえる。
「いろいろと恥ずかしいことをさせられてるけど、やっぱり裸になるのって恥ずかしいよね。」
 汐理がしみじみとそう言う。オーディションのことやブラジャーのCMを思い出して、自然に頬が熱くなってくる。
「そうそう。特に、服を脱いでるところをじっと見られるのが、脱いでしまった後よりも、ずっと恥ずかしくって嫌なのよ。」
 朱美は一糸まとわぬ姿になってソファに腰掛けながら、そう言った。たまたま汐理以外に誰もいないせいか、ちょっと
リラックスした様子である。かえって、朱美の剥き出しの肌を目の前にして、汐理の方が何だか落ち着かない気分でい
た。
「あっ、朱美ちゃんのCM!」
 ソファの前にあるテレビに、白いビーチで真っ赤なビキニの水着を着た朱美の姿が映った。朱美が海外旅行のキャン
ペーンガールになっている国民航空のCMだ。ビーチではしゃぐコミカルな動きがイキイキして、とても可愛くセクシーに
映っている。汐理はこれが今、話題のCMになっていることも知っていた。ポスターやパンフレットも持って行かれて、印
刷が追いつかないという話まである。
「朱美ちゃん、可愛いね。人気でてきたね…」
 汐理の声が、しだいに少し翳りを帯びる。朱美の成功を祝福する気持ちはあるが、自分も芸能界で活動をしている者
として、正直言って強い焦りを感じてしまう。もちろん、汐理が出演したフローラのブラジャーのCMは、今の朱美のCM
よりはるかに話題になり、一時は社会現象に近い賛否両論の沸騰ぶりを見せたが、あれは、どこまでいっても水沢汐
理の名前が出るものではないし、また、自分としても名前を出したくないものだった。
「汐理ちゃんもすぐに人気が出てくるよ。私たち、土本創児の目に止まったのよ。彼もスタッフも目と腕は確かよ。ヘンタ
イだけど!」
 汐理の屈託に気がついた朱美が、明るい声でそう言って励ます。確かに、彼女たちはこの上なく恥ずかしい目に遭わ
されてはいるが、一流のスタッフがついて様々なプロモーションをしてもらい、現に朱美などはグラビア・クイーンへの道
をひた走っている。「玩具にされて、騙されて」というのとは、明らかに違う。
 朱美が言った「ヘンタイ」の言葉に2人で笑いこけていると、控え室のドアが開いて、グリーンのスーツをキリッと着こな
した池尻美津子が入ってきた。
「汐理、時間よ。」
 楽しそうに笑い合っている少女たちを見て、美津子の表情が強張る。その心にいきなり燃え上がった感情は、ジェラ
シーと呼ぶのがふさわしかった。朱美に対する、朱美のマネージャー炭谷に対する、そして、少女たちの若さに対する
ジェラシーである。その矛先は朱美に向いた。
「朱美ちゃん、ちょっとぐらい売れたからって、いい気にならないことね。じきに、汐理はあなたを追い抜くわよ。」
「やめて、美津子さん!」
 たまりかねて汐理が叫んだ。朱美自身は怒るよりも、唖然として目をパチクリさせている。
「急がないと、遅れるわよ!」
 気まずい空気が流れるのを断ち切るように美津子がそう言った。
 
「やあやあ、雪姫のご到着だ!」
 江戸時代の裕福な町人の旅姿に扮した男が椅子から立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべた。周りに数多くのスタ
ッフや共演者たちを家臣のように従えた貫禄たっぷりのこの人物こそ、主人公の「楽翁」こと松平定信を演じる西郷公
彦である。演歌歌手としてデビューした彼は、次々とヒットを重ねながら「大御所」と呼ばれる地位を築き上げた。そし
て、50歳を迎えて出演した「楽翁漫遊伝」で国民的人気を誇る時代劇俳優となったのである。
「お姫様姿もきれいだったが、町娘姿も可愛らしいのう。」
 西郷はそう言って目を細めた。今回のストーリーは、お家騒動に巻き込まれた小藩の姫が町娘に身をやつして城を
抜け出し、楽翁に助けられて悪い家老の陰謀をうち破るというもの。もちろん、汐理は姫の役である。整った顔立ちの、
上品な美少女である汐理は、姫君の衣装がピッタリとはまり、一昨日のスタジオ撮影では共演者やスタッフからの注目
と絶賛の声を一身に浴びたのだった。
「それじゃあ、さっそく入浴シーンの撮影にいきましょうか。」
 西郷にそう声をかけたのは演出を担当する番組製作会社のディレクターだ。西郷に媚びるようなその態度は、監督と
いうよりは、付き人か何かのようである。
「うむ。」
 西郷が鷹揚にうなずき、撮影が開始された。
「それじゃあ、雪姫の入浴シーン、本番行きまーす!」
 ADのかけ声で、カメラが回り始めた。町娘の格好をした汐理が、露天風呂の所にやってくる。
 この番組の人気の1つが、毎回、ゲスト出演する新人女優、アイドルたちの入浴シーンだった。もちろん、ヌードが映
るわけではなく、お湯に入る健康的なふくらはぎが映ったかと思うと、次のカットでは、白い胸から上だけを出してすっか
り湯船につかっているのだが、日本髪に結った女の子たちがポッと上気した頬で、お風呂に入っているシーンはなかな
か色っぽい。
 着物の帯を解いたところで、「カット!」の声がかかると思っていた汐理だったが。スタッフに動きはない。不審に思っ
てディレクターを見ると、やっと「カット!」の声がかかった。
「何してるんだ!さっさと脱げよ。」
 ディレクターの思いもかけない厳しい声が飛んでくる。西郷に恭しく話しかけたのとはまるで別人だ。
「はい。それじゃあ、撮影用の水着かバスタオルをいただいて、着替えてきます。」
 慌てて答えた汐理に、ディレクターが怒ったような口調で言う。
「何考えてるんだ、そんなものあるわけないだろ。そのまま裸になって、風呂に入るんだよ。」
「えっ!?」
「時代劇なんだぞ、水着やバスタオルが映ったら、困るじゃないか。」
「でも…」
「大丈夫だよ。後できちんと編集して、オンエアでは裸が映らないようにしてくれるから。」
 困惑した表情を浮かべる汐理に、西郷が声をかけた。彼は、スタッフに囲まれてディレクターチェアーに腰掛け、悠然
と撮影を見物しているのだ。
(そんなぁ、大丈夫じゃないよお…)
 オンエアで映らなくても、ここにいる共演者やスタッフたちには、裸を見られてしまう。汐理は困ったような視線を美津
子に投げた。しかし、彼女からも助け船は出されなかった。
「さあ、早く脱ぎなさい。」
 当然のことのように言う美津子の言葉は、かえって汐理を追い込んだ。
「汐理、わがまま言って、みなさんを困らせちゃダメよ。汚名返上のチャンスなんだから。」
 ピシャリと強い声でそう言われて、ふいに、事務所で全裸になった朱美の姿が脳裏に浮かんだ。それに彼女のCMの
ビキニ姿が重なる。羨望、羞恥、困惑、決意…、一言で言い表せない複雑な思いが胸をよぎった。
「わかりました…」
 汐理はついにそう言うと、カメラの前で着物を脱いでいく。
 紐を解いた肌襦袢に手をかけると、白い肩口から両腕にかけてが露わになった。時代劇の気分を出すために下着は
つけていない。肌襦袢を脱ぐと、腰巻きを一つの身につけただけの格好になってしまう。
 汐理はちらっとスタッフの方を見た。カメラが回り、十数人のスタッフが目に異様な光を浮かべて、食い入るように汐
理を見ている。その中心にディレクターチェアに座る西郷がいた。肌襦袢を脱ごうとする指が震える。決意したつもりで
も、やはり相当動揺しているのだ。
 とうとう腰巻き姿になってしまった。美しい稜線のバストが露わになる。胸を隠したい衝動に駆られたが、隠したら撮影
しなおしだと宣言されていたのを思い出し、できるだけカメラやスタッフたちの視線から逃れるため、体をひねった。あと
はできるだけ早く終わらせることだ。そう考えた汐理は、サッと腰巻きを脱ぐと、急いで温泉に入っていった。
 
「本当にきれいな身体をしておるな。純粋無垢という感じがたまらんわい。」
 西郷は、彼専用に確保されたホテルのスイートルームで、一人、ブランデーグラスを傾けながら、テレビ画面を食い入
るように見て舌なめずりする。
 画面にはきれいな張りのあるバストと、やや上向きになってついている淡いピンク色の乳首がアップで映し出されてい
る。
 彼のコレクションは「楽翁漫遊伝」に出演した新人女優やアイドルたちの脱衣シーンを撮影したビデオであり、今回の
汐理の物でちょうど600本目になる。
 白い頬をほんのり紅潮させ、眉を少し寄せた恥ずかしそうな表情の汐理が映った。全裸の下腹部には黒い恥毛が生
えている。
「さすがATプロモーションだな。モロに撮影することをOKしてくれたわい。」
 西郷は独り言を言って、ニヤリと笑った。コレクションにもいろいろ種類がある。一番多いのは、ヌード撮影など応じる
わけもないプロダクションのタレントの着替えをカメラマンに命令して隠し撮りさせたものである。この中には今や大女
優、トップスターと呼ばれている女性たちが数多く含まれる。次に、タレント本人には内緒にしながら、事務所の了解を
得て隠し撮りしたもの。そして、今回のように、事務所も納得ずくで撮影中に本当にタレントを裸にしてしまったものだ。
 浴衣の上から股間をさすりながら、静止画像にして汐理のヌードを楽しんでいると、コンコンとドアをノックする音が聞
こえた。
 ドアを開けると、汐理のマネージャーの池尻美津子が立っていた。
「この度は出演させていただきまして、たいへんありがとうございました。今後も、先生のお力をもちまして、水沢汐理を
よろしくお願いいたします。」
 部屋に入った美津子は、床に土下座して西郷に言った。
「うむ、よかろう。これからも力になろう。そのかわり、わかっておるな。」
「はい、汐理を毎年恒例の夏の企画に参加させるつもりです。その時に、必ず。」
 美津子の返事に満足した様子で頷きながら、西郷は言葉を続けた。
「ところで、お美津さん。」
「はい。」
「この場は、どうしてくれるのかな?」
 そう言うと、西郷はニヤニヤ笑う。美津子が顔をあげると、目の前に立った西郷の浴衣の前が開き、股間から人一倍
大きな逸物が突き出して、下腹にとどきそうなぐらい屹立している。
「もちろん、私がご奉仕させていただきます。」
 そう言うと美津子は、即座に西郷の肉棒を手に持って、茎の下の部分を右手でしごきたてた。そして、舌に力を込め
て雁首の裏側を強く舐め上げると、先走りの体液がにじみ出している亀頭の先端をちゅーっと吸い込む。
「もっと舌を出して、舐めるんだ…」
 西郷の言うがままに美津子の舌が、それ自体が意志を持った生き物のように男根を嘗め回す。
「ぱっくり咥えてくれ…」
 美津子は目の前に突き出されたいきり立つ西郷の陰茎を口に含み、クチュクチュとしゃぶった後、歯を唇で包み込ん
できゅっと締めつけると、激しく出しいれを繰り返す。
「んふん…、んぅ…」
 美津子は鼻息とともにぐぐもった声を洩らすと、男根を喉の奥深くのみ込んでいく。美津子の喉の感触が西郷を喜ば
せた。
「ふう…、ううっ、いいぞ、汐理…」
 西郷は目を閉じ、汐理の裸体を思い浮かべながらそうつぶやくと、美津子の口に熱い精液をぶちまけた。
 


 
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