国防省附属「星園・癒しの館」・外伝
 
囚われのテニス少女 第1章
 
「もうすぐ到着だぞ。降りる準備をしろよ。」
 バスの一番前の席に座っていた男が立ち上がり、後ろを振り返ってそう言った。
 バスに乗っているのは女子高校生ばかり二十人。一見すると、観光バスを仕立てて修学旅行に向かう途中に見える
が、そんな楽しい旅ではないことは、少女たちの緊張と不安に満ちた顔を見れば明らかだった。
 美奈は棚から荷物を降ろすと、愛用のラケットをぎゅっと握り締めた。そうしていると心が落ち着き、気持ちを強く持つ
ことができる。それは、長年の訓練で身につけた条件反射と言っていい。
「たぶん、そこが、みんなが行った所…」
 美奈が呟くと、通路を挟んで隣に座っていた井上千春が無言でうなずいた。

 1年程前、アルメイア軍がフサイン共和国と戦闘状態に入り、アルメイアの同盟国である日本では、集団的自衛権を
理由に有事法制が発動された。とは言っても、今のところ海外の武力衝突に軍隊を出しているだけで、国内が戦場に
なっているわけではない。そういう状況のもとでは、大掛かりなスポーツの大会は、むしろ国威発揚と国民の批判そらし
に有効だということで、政府は大いにこれを奨励していた。
 全国女子高校テニス大会も、そんな大会の一つとして、連日マスコミが報道し、国民が注目する中で盛大に開かれて
いた。その決勝戦を翌日に控えた夜のことである。
 調整のための軽目の練習を終えて、みごと決勝進出を果たした恵聖学園テニス部の部員たちは、宿泊している旅館
のロビーでくつろいでいた。
 少女たちの中心にいる有岡美奈は、恵聖学園テニス部のキャプテンである。実力も国内トップレベルで関係者から将
来を期待されているが、何と言ってもそのアイドルばりのルックスが世間の注目を集めていた。つい先日もある雑誌
が、テニス界の「プリンセス」として、グラビア入りで彼女のことを取り上げたばかりだ。CM出演のオファーも来ている。
「北学園の那珂さんが出ていなかったわね。大泉高校の中西さんも…」
 初日に渡された出場選手の一覧表を見ながら、美奈が気持ちの中でずっとひっかかっていることを口に出した。これ
まで数々の試合で、美奈たちとたたかってきたライバルが何人も大会に出場していないのだ。すると、他の部員たちも
口々に日頃から持っていたある疑問を口にし始めた。
「那珂さんなら、ボランティア活動で、防衛隊への奉仕に行った後、いなくなったのよ。」
「中西さんについても、そういう噂を聞いたわ。」
「実は、私の幼なじみにもそういう子がいるの。」
「一度、先生に話をしたら、その話はあまりおおっぴらに言うなって、叱られちゃったわ。」
「おかしいわよ、絶対に何かあるわ。」
 どうやら、みんな同じ疑問と不安を持っていたようである。そうして話し合っているうちに、少女たちはある計画を立て
た。
 恵聖学園高校と同じ宿舎に、明日の決勝戦でたたかう相手の京都学院女子高校が泊まっていた。ここには、美奈の
ライバルで、常にタイトルを競い合っている井上千春がいる。
 美奈は夜になって、千春たちの部屋を訪れた。チャイムを鳴らすと、パジャマ姿の千春が出てきて、中に招いてくれ
た。部屋には他に3人の少女がいる。
「井上さん、ちょっと相談があるの。」
「なに?」
 京風のイントネーションで答える千春は、いかにも京美人といった風情の美少女だ。しかし、ほっそりした、たおやか
な見かけに騙されてはいけない。強力なストロークで、美奈もずいぶん苦しめられたパワープレイヤーだ。もちろん、試
合を離れれば、仲のよい二人である。
「ねえ、井上さん、おかしいと思わない?」
「何が?」
 美奈は、クラブの仲間たちと話し合ったことを千春に伝えた。千春も大きくうなずいた。
「そうや。私たちも同じこと考えて、おかしいなって言うててん。」
「練習試合なんかで他の学校の生徒と話してみると、どうも日本全土でそういうことが起きているようなの。でも、先生に
言っても、まともにとりあってもらえないの。そのことはあまり公にするなと言い含められているような気がするの。」
 千春も他の3人も真剣な表情で美奈の話を聞いていた。
「それでね、井上さん。明日の決勝はテレビ中継もあるし、マスコミもたくさん取材に来ると思うの。だから、明日、どちら
が優勝しても、試合後のインタビューで、そのことを発言して、日本中のみんなに考えてもらおうよ。」
 どう判断していいのかわからない様子で、他の3人がお互いに顔を見合わせて黙っている中で、千春はゆったりと答
えた。
「うん、わかったわ。」
 おっとりしているようで、何事にも果断な千春である。
「ありがとう。じゃあ、明日、試合がんばろうね。」
 相談がまとまると、美奈はにっこり微笑んで、千春たちの部屋を後にした。
 有事法制が整備される中で、悪名高き「盗聴法」も改正され、国家機密上の必要性があれば、学校などの公的施設
やホテル・旅館といった不特定多数が集まる場の盗聴が行えるようなっていた。少女たちは、自分たちの計画が一部
始終、当局に盗聴されていたことを知らなかった。

 バスが停まった。
「さあ、さっさと降りろ。」
 一番前に座っていた男が指示する。後部座先から立ち上がったのは、防衛隊の制服を着た男だ。その手には拳銃が
握られていた。女子高生を相手に大袈裟なことだが、有事法制によって、防衛隊はいつのまにか自国民に銃を向ける
軍隊になっている。
 女生徒たちは、前後を監視役の男に挟まれる形でバスを降りた。
 そこは、新しく小綺麗なマンションといった様子の建物だった。更生のために全寮制の施設に入れられると聞き、刑
務所のような建物を想像していた女生徒たちは、少しホッとした表情を浮かべる。
 建物の中も落ち着いた雰囲気で、空間がゆったりとられており、居心地が良さそうだ。女生徒たちの表情が少し緩
む。実は、その居心地良さは、彼女たちのためのものではないのだが、まだそれには気づくことはない。
 女生徒たちは出てきた管理人らしい男に、それぞれの部屋に案内された。これも意外なことに雑居ではなく、1人1室
が与えられるようだ。
「有岡美奈、204号室。」
 管理人がドアを開け、美奈に鍵を渡す。美奈は無言のまま、あてがわれた部屋に入った。
「こ、これは?」
 美奈は自分の目を疑った、そこには自宅で使っていた家具や調度品が、そのままのレイアウトで並べられていたの
だ。壁に貼っていた憧れのテニスプレイヤーのポスターも、小さい頃から大事にしていたぬいぐるみも、小物にいたるま
でそっくりそのまま持って来られており、まるで自分の部屋にいるかのように錯覚してしまう。
 しかし、自分の部屋とは決定的に違う点があった。部屋全体を見渡せる位置の壁が、ショーウインドウのようなガラス
になっているのだ。その外は廊下に面している。それに気づいたとたん、誰かに覗かれるのではないかと、とても落ち
着かない気分になってきた。
 とにかく私服に着替えて、リラックスしたいと思った美奈は、制服を脱ぎ、スカートを脱いだ瞬間、背後に視線を感じ
た。美奈がふり返ると、ガラス壁の前に数人の男が立って、こちらを眺めている。美奈はカッと頬が熱くなるのを感じ
た。とっさに隠れる場所がないか目で探したが、男達の視線から逃れられそうな場所はなかった。仕方なく、後ろ向き
のまま、さっと着替えを済ませ、ツカツカとガラス壁のところに行き、男達を睨みつけた。
「ちょっと、何よ、あなた達、何を見てるのよっ!」
 怒りに震える美奈の声が届いたのか、届いていないのか、男達はニヤニヤ笑いながら、こちらを指差し、何かを喋り
あっている。顔を真っ赤にして怒っている美奈を見ても、めずらしい動物でも見るかのように遠慮のない視線を投げつ
けながら、ガラス癖の前から一向に離れる気配がない。
 それ以上、見つめられるのに耐えられなくなった美奈は、男達の視線から逃れるように、そのままベッドに潜り込ん
だ。あの男達は何なのだろう。いつもああして、私生活を覗かれるのだろうか。
(やっぱり、とんでもない所に連れてこられたのかもしれない…)
 不安な思いがムクムクと頭を持ち上げる。しかし、それも長続きしなかった。これまで緊張の糸が張りつめ、体もクタ
クタに疲れていたせいだろう。体に馴染んだ自分のベッドに入った途端、美奈は深い眠りにおちていった。

 恵聖学園高校と京都学院女子高校の対決となった決勝戦。美奈や千春をはじめ、両校とも美少女揃いで有名だとい
うこともあって、マスコミが多く詰めかけていた。



 接戦の末、優勝を手にしたのは美奈たち恵聖学園だった。相手校の応援団からも惜しみない拍手を受けながら、イ
ンタビューのマイクを向けられた美奈は、計画どおり満員の会場に向けて、例の問題を訴えようとした。その瞬間、十
数人の迷彩服の集団がなだれ込むように会場に突入してきた。
 会場が騒然となる中、隊長らしい男がアナウンサーから美奈に向けられていたマイクを奪い取って話し始めた。
「会場の皆さん。お騒がせして申し訳ございません。私たちは防衛隊情報部、国内治安係の者です。私は本隊の隊
長、近松少尉であります。」
 近松と名乗った士官は、恵聖学園が某国のテロ組織の拠点となっていたこと、テニス部の部室からは無線機や暗号
電文が多数押収されたこと、そして部室からは大量の筋肉増強剤を含む薬物も見つかったことを述べた。
「う、嘘ですっ!そんなことありません!」
 美奈は必死で否定し、マイクを奪い返して会場に集まっている人たちに訴えようとするが、近松が邪険に彼女の手を
払いのけた。鍛え上げた軍人の体力はスポーツ少女のそれを大きく上回っているのだろう、美奈の体はいとも簡単に
その場に倒れてしまう。
「ここにいる恵聖学園の選手たちは、全て工作員であることが発覚しました。生徒たちは洗脳されていたようで、既に教
師と両親が自白しています。それによれば、恐ろしいことに、彼女たちは、工作員であることが発覚した時には、所持し
ている化学兵器で周りの一般人を巻き込んで自決するようにと言われているのです。そこで、私たちが皆さんの安全確
保のために、治安出動したしだいであります。」
 近松が説明するのを、会場のみんなが聞き入る。やがて、最初はあっけにとられていた両校の選手たちが、口々に
反論をし始めた。
「よく調べてください。何かの間違いだと思います。恵聖学園の人たちは、そんなこととは関係ありません。」
 美奈たちの弁護をするつもりで千春が諄々と近松に訴える。しかし、返ってきた答えは彼女の予想を超えていた。
「京都学院女子の井上だな。有岡に誘われてテロの協力を約束しただろう。お前も共犯だ。」
 他の部員に助け起こされた美奈が、血相を変えて近松にくってかかる。
「勝手なことばかり言って、どこに証拠があるんですか!」
「証拠?証拠を見せて欲しいと言うんだな。」
 将校はニヤリと笑ってそう言った。
「よし、見せてやろうじゃないか。」
 将校が合図を送ると、隊員たちが手に手にバッグを持ってコートの中央に出てきた。
「これはお前達の物だろう?」
「あっ、それは!」
 選手たちが旅館に置いてあったカバンである。思わず取り返そうとする選手たちを押しのけ、観衆が見守る中、隊員
たちは遠慮なく、その中身を地面にぶちまけた。持ち物全て、選手たちや着替えた制服や下着までもが、地面に放り出
される。
「おや、これは何かな」
 近松はわざとらしく、美奈のカバンから出てきたパンティを取り出した。しかも、着替えた後の下着である。
「いやっ、ちょっと、返してくださいっ!」
 美奈が必死で下着を奪い返そうとするが、近松は面白がるように身をひるがえしながら、下着を広げて観衆の目にさ
らす。美奈は恥ずかしくて真っ赤になった。
「隊長、こんな物が出てきました。」
「おや、それは覚せい剤ではないか。それにこれは何だ?」
 近松が美奈のカバンから取り出した物を見て、美奈はあっけにとられた。最初に出てきのはコンドーム、次に出てき
たのはバイブレーターだ。
「なんだ、大人のおもちゃまで入っているのか。こんなものをアソコに入れて遊んでいるなんて、とんでもない娘だな。し
かもコンドーム持参で、いつでも抱かれる準備OKということだな。全く、セックスのことばかり考えているんだろう。」
「ち、違いますっ!私のじゃありません!」
 いずれも身に覚えのない物だ。それに、美奈はまだ処女である。しかし、彼女のカバンに入っていた身に覚えのない
物はそれだけではなかった。
「隊長、やはり出てきました。化学兵器です。」
 カバンを探っていた隊員が金属製の小さな筒を取り出すと、満員の客席がざわめいた。その時、観客席から罵声が
飛んだ。
「反愛国者!スパイ!」
「恥知らず!」
 それが引き金になり、観客達は、今まで好意と祝福を向けていた選手達に向かって、轟々たる非難の声を浴びせ始
めた。巻き起こる怒りと軽蔑の嵐の中に立たされて、少女達は恐怖のあまり全身をガタガタ震わせて立ちすくむ。
 実は最初に罵声を浴びせかけたのは、サクラとして観客に混じっていた防衛隊員だった。しかし、今、口汚く少女たち
を罵っているのは応援や観戦にやってきた普通の人たちである。それは、群衆心理が働いた、一種の集団ヒステリー
状態であった。考えてみれば、有事体制が整えられていく中で、社会全体がそうなっているのかもしれない。

 


 
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